ゾンビ屋れい也 リルケ編2


リルケも自分も落ちないよう、必死に翼竜に掴まる。
腕が痺れてきて、そろそろ限界が近いところで目的地に着いた。
そこも、また立派な城で、どうやらここがリルケの居城のようだった。
王になるなんて幼稚なことを言っていただけに、住処も立派なものじゃないと示しがつかないとでも思っているんだろうか。

翼竜は外で待機していて、れい也は重い扉を押し開ける。
広間は誰もおらず、しんと静まり返っていた。
とにかくこの重たい奴を放り出したいと、適当な部屋に入る。
ちょうどいい殺風景な部屋が見つかり、れい也はリルケをベッドにどさりと下ろした。

荒っぽく下ろされても、リルケは微動だにしない。
目覚めるまでは放置するしかないと、れい也は部屋を出る。
召使でもいれば後のことを頼めるのだが、人の気配がしない。

厨房、書室、部屋を覗いてみるが誰もいない。
広い城で、リルケはずっと一人で居たのだろうか。
猟奇的な性格ゆえに、親にも見放されて施設に入れられてから、その後の生活は知らない。
恐らく、ゾンビ屋の力を使ってどうとでも生きてこられたのだろうけど
誰かが側にいれば、変わっていただろうか。

同情しそうになったが、そもそも隔離されたのはリルケが弟を傷付けて遊んでいたからだ。
何も気に留めることはない、さっさと出て行ってしまおうと外へ出る。
だが、いつの間にか翼竜はいなくなっており、帰り道もさっぱりわからない。
ここから公園までの道を知っているのはリルケだけ。
れい也は、しぶしぶ城へ戻った。


リルケが目覚めるまで、れい也は書斎で暇を潰す。
多くの本があるが、ろくに教育を受けていないリルケはほとんど理解できないだろう。
内容は結構偏っていて、呪術や拷問に関する本が多い。
たぶん、ただイラストに引かれて買ったのだろうと予測がついた。

しばらく眺めていると気持ちが悪くなってきて、書斎を出る。
1回リルケの様子でも見に行こうかと、元の部屋へ戻った。
部屋に入ると、鋭い視線が向けられる。
なんと、リルケはすでに起きていて、だるそうにれい也を見ていた。
悪態をつかれるだろうかと、警戒する。

「・・・腹減った」
「え・・・ああ、だいぶ消耗したからな」
リルケはベッドから下り、れい也の隣を通って出て行く。
どことなく気になり、れい也は後を追った。

リルケは、真っ直ぐ厨房に向かう。
まさか、自分で料理をするのかと疑った。
だが、予想通りと言うべきか、リルケは紋章をかざしてコック帽を被ったゾンビを召喚した。
ゾンビはよたよたと動き、調理器具や材料を準備する。
「お前も食うか」
材料にされるという意味かと思い、れい也は後ずさる。

「誰がお前の肉なんて食うかよ。二人分作らせるって言ってんだ」
「・・・歯や目玉なんて入ってないよな」
ちら、とゾンビを見て不安そうに言う。

「お前は相変わらずビビリだな。昔から俺様を恐れてよ」
「暴力奮うからだろ。・・・僕、外に出てるから」
思い出すことを拒否するように、れい也はきびすを返す。
その瞬間、リルケが即座にれい也の背後に迫り、後ろから壁に押し付けた。
れい也の手の甲に自分の紋章を重ね、動きを封じる。
一気に緊張し、れい也は固まった。

「懐かしいな、ガキの頃はお前を押し倒して、包丁で軽い切り傷つけてたっけか」
恐怖がよみがえり、れい也はとたんに息苦しくなる。
まさしくこの厨房で、リルケに傷つけられていた。
馬乗りになったリルケから、一方的に切り付けられて、わけがわからないまま泣いていた。
「なあ、れい也、今は誰かダチがいんのか?」
「友達・・・は、いない・・・」
声がうまく出ない。

「気持ち悪がられて突き放されたんだろ?フツーの奴等なんてそんなもんだ」
図星を言い当てられ、れい也は押し黙る。
ゾンビ屋として生きていくためには、力を曝さなければならない。
それを見た同級生からは不気味に思われ、何度も転校を繰り返した。
「だから守ってやろうとしたんだよ。お前が他の奴らの所に行く前に」
「ふ・・・ふざけるな、守る、なんて・・・」
リルケは、れい也の耳へ口を近づけ囁く。


「お前はずっと俺の傍に居ればよかったんだよ。そうすれば、他の外敵を知らずに済んだんだ」
悪魔の囁きが、至近距離で吹き込まれる。
他者に受け入れられないのなら、同じ性質を持つ相手と共に居るしかない。
リルケの言葉を即座に否定できなくて、れい也は押し黙る。

「もう少しでお前を殺してゾンビ化して、永遠に俺様のモノにできたんだけどな・・・」
「っ、百合川!」
命の危機に、れい也は声を振り絞る。
即座に出現した百合川は、リルケの脇腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐえ!」
カエルのような声を発し、リルケは吹き飛ぶ。
百合川はナイフを取り出し、首を掻き切ろうと追撃の姿勢を見せる。

「百合川、もういい。・・・気絶してる」
目覚めるのは早かったが、まだ本調子ではなかったのだろう。
普段なら、たった一発の蹴りでのされはしない。
コック帽を被ったゾンビは、調理途中で消えてしまっている。
中途半端に切られた食材を見て、れい也は生唾を飲んでいた。


吹き飛ばされた体制のまま、リルケは目を覚ます。
厨房には、いつの間にか料理の匂いが漂っていた。
ずきりと痛む頭をおさえ、ゆっくりと立ち上がる。
「もう、起きたのか。相変らず化物並みの体力だな」
悪態には無反応で、リルケはじろりと厨房を見る。
大皿には肉のソテーや目玉焼きなどが乗っていて、それは二人分あった。
れい也はばつが悪そうに目を逸らす。

「・・・これで、助けてもらったことは帳消しだな」
何か言われる前に、れい也は厨房を出る。
こんなことは、ただのご機嫌取りだ。
リルケには帰り道を教えてもらわなければならない。
ちょうど、恩を着せるチャンスだと思っただけだ。
なぜか、言い訳のような言葉がれい也の脳内に浮かんでいた。


食べ終わり、厨房へ皿を片付けに行く。
そこに、まだリルケがいたものだからどことなく気まずかった。
「・・・帰り道、教えてくれないか」
他に言うことも見つからず、ぽつりと告げる。
リルケはれい也の心境がわかっていたかのように、一枚の地図を手渡した。

羊皮紙に殴り書きされたひどい出来のものだったが、かろうじて道がわからないことはない。
頭を打って、どうかしてしまったのだろうかと疑う。
それならそれで好都合だと、れい也は外へ出た。

描かれた地図通りに来たが、どんどん森の中へ入って行ってしまう。
今はこの地図しか頼るものがないのだと、草をかき分け突き進んできたが
とうとう、崖にぶち当たってしまってどうにも進めなくなった。

手書きの精度が悪すぎるのか、最初からだまされたのか。
肩を落としたところで、翼竜が羽ばたく音が聞こえてきた。
リルケの翼竜が目の前に降りて、背を向ける。
連れ戻されることは間違いなかったが、あてもなくさまようよりはましだ。
れい也は溜息をついて、翼竜に乗った。


予想通り城に戻され、リルケがにやりと笑って出迎える。
「メシ作ったくらいで、そう簡単に教えると思ったかよ」
うざそうにれい也はリルケを睨みつける。
「・・・もう寝る」
これ以上言葉を交わしたくないと、嫌気がさす。
精神的にも、肉体的にも疲れていた。

寝ようと思ったが、だいぶ歩いて体が汗ばんでいて気持ち悪い。
うろうろと浴室を探すと、何個目かの扉を開けたところで見つけた。
脱衣所は広く、案外きっちりとタオルやバスローブが備え付けられている。
中の浴場もやはり広く、湯を溜めるのは面倒になるほどだ。
簡単に体を洗って早く退散しようと、シャワーを出す。
出てきたのは普通のお湯で、赤くなくてほっとした。

この城で無防備な状態でいるのは不安で、手早く済ませる。
さあ出ようと扉の方へ向かったとき、自動的に開いた。
「あ?お前、何勝手に入ってやがんだ」
見計らったかのようにリルケが表れ、一瞬息が詰まる。

「・・・そっちこそ、何いきなり入ってきてるんだ」
「ここは俺様の城だ、いつ入ろうが勝手だろうが」
ごもっともなことを言われ、れい也はわずかに目を伏せた。
そこで、リルケのバキバキに割れた腹筋が目に入る。
服で覆われていない腕を見ると、かなり筋肉質だ。

「まさしく、脳筋っぽい体だな」
れい也が軽くからかうと、リルケは瞬時にれい也の腕を捩じ上げて身を引き寄せた。
「っ、離せ!」
「ハッ、かくいうお前は何だよ、この真っ平らな腹はよ」
リルケの掌が、れい也の腹部をすっと撫でる。
とたんに寒気がして、れい也は身震いした。

「腕もひ弱で、こんなんじゃまるで戦力にならねえな」
前の戦闘のことを指摘されているようで、悔しくも押し黙る。
確かに、リルケはゾンビに交じって戦闘できるほどの力を持っている。
だが、自分はゾンビに任せきりで特に鍛えようとはしていなかった。


「・・・気になってたんだけど、こんな、どこもかしこも広いとこに一人で住んでて、虚しくならないのか」
「奴隷はいくらでもいる、調理場のゾンビを見ただろうがよ」
確かに、ゾンビがいれば実質は一人ではないけれど、それは自分の意思を持たない者。
王様気分を味わいたいリルケは、それで満足しているのかもしれないが
それを虚しく思うのは、自分が寂しがりやなのだろうか。

「ある程度のことはゾンビを揃えた。けどな、唯一できないことがあんだよ」
ふいに、リルケの手が移動する。
捩じ上げていた手首から、腕の筋肉を確認するように下へ下がって行く。
その手は鎖骨に触れ、指の腹が首元をなぞる。
なだらかな動作に、れい也ははっとして後ずさった。

首を絞めるほどの力が込められていなかったのが意外で、動揺する。
何のために触れたのか、こうして驚かせるためか。
相手を傷付けることしか知らないはずの手は、何をしようとしていたのか。

れい也は、走ってリルケの横を通り抜ける。
リルケが何を考えているのかわからなくなって、恐ろしかった。
一方で、リルケはれい也の背を見ていやらしく舌なめずりをしていた。